免震講座 10

免震・制震建築の課題と方向性

1970年代に先駆的試みが出現し、NZ・米国・日本などの地震工学先進国において80年代から徐々に実現されるようになってきた免震・制震構造が、今後どういう進展を示すのかは楽しみな課題です。

今回は、現在実施例が急速に増加しつつある免震建築と高層建物を中心とした制震構造の今後の方向性について考えてみましょう。

1.免震建築の2つの方向性

急速に普及しつつある免震建築の動向には、現在全く異なる2つの方向性が見られます。

一つは、厳しい地震動の実態が明らかにされるに伴い、より安全な構造物を実現しようという取り組みです。 従来の設計用地震動レベル Vmax=50cm/sを超えて、Vmax=100cm/s乃至はそれ以上に強い地震動に対しても安全な免震建築をめざそうとするものです。 ノースリッジ地震や阪神大震災では現実にVmax=100cm/s前後の厳しい地震動が記録されています。

もう一つは、「在来構法と同コストの免震建築」をキャッチフレーズとして普及版免震建築をめざす動きです。 従来どおり Vmax=50cm/sの地震動を設計目標とし、できるだけ低コストの免震装置を使い、供給過剰気味のマンション市況を「免震=完売」で乗り切ろうという戦略です。

現在の免震建築の急速な伸び(図1)は、これらの中間にある様々な動きを含んだものですが、設計者や建物計画者の考え方により、この2つの方向性は今後とも続くものと予想されます。

ダイナミックデザインは、前者の旗手でありたいと思います。経済性は大切な課題ですが、免震装置の仕様を下げたり、入力地震動のレベルを下げることによって免震建築の低コスト化をめざすべきではありません。免震装置のコスト破壊は目前です。

安全性のupは必ずしもコストupを意味するわけではなく、安全性を徹底的に追求することにより、経済的にも有利な免震建築を実現できる道があります。その解決策を提示するのがダイナミックデザインの役割であると考えています。

免震構造評定件数の伸び
図1.免震構造評定件数の伸び

2.制震構造の課題

バブル経済華やかなりし頃、免震の次ぎはアクティブ制振だという動きが盛んでした。 しかし、何千トン何万トンもある建築物を厳しい地震動に対してアクティブ制御することは困難であり、阪神大震災以降、高層建物の設計には耐震安全性の向上をめざした堅実なパッシブ制震を採用する事例が増加しています。 免震建物には既にVmax=100cm/sレベルの地震動に対して安全に設計されているものがありますが、現在でも高層建物の殆どが Vmax=50cm/s程度の地震動に対して設計されているのが実状です。

3.免震構造の課題

免震構造の技術的課題についても様々な議論や動きが入り乱れていますが、本質的理解を誤らないように留意すべきだと考えます。

例えば、鉛直地震動対策を免震の課題とする指摘がありますが、通常の支持形態と現状の免震効果のままでは、鉛直免震は避けるべきです。

また、免震装置の高面圧化(例えばσv=200kg/cm2)は一般建築物では通常は不要であり、好ましくありません。 それは応答変形が大きくなる条件を与えながら装置の変形能力を小さくすることであり、建物全体の安全性を切り捨てていることを認識すべきです。

住宅等軽量構造物の安全性向上は大切な社会的課題です。小型積層ゴムの適用等による免震住宅が取り組まれていますが、装置供給者の都合により設計用地震動を低めに設定することには反対です。

免震構造本来の目的を見失うことなく、極めて厳しい地震動に対しても安全で、且つ快適な免震建築の実現に寄与したいと念願しています。

※本記事は「建築技術 1996年12月号」に掲載された内容です。