免震・制震構造の設計思想
-耐震設計の課題と免震のストラテジー-
死者 6,000人、経済損失10兆円、廃棄物2千万トンを僅か10秒で生み出した阪神大震災。免震・制震構造を含めて「耐震設計はどうあるべきなのか」原点に帰って設計思想を再考します。
1.現行耐震設計思想の本質
新耐震設計法(建築基準法)は、
1.震度4から5弱の地震動に対してはほぼ無損傷
2.震度5強以上の強い地震動に対しては倒壊防止
を設計目標としています。大地震でも人命だけは失いたくないという悲願達成を目指したものです。
倒壊を避けるために、強度と共に構造部材の靭性を高めます。建物に投入される地震エネルギーを各部位の塑性変形による履歴エネルギーとして、建物全体で均一に吸収するように設計します。
しかし、各層同時降伏という条件は容易には成立せず、エネルギーの特定層への集中が生じます。構造部材の塑性化は損傷を意味し、エネルギーを吸収すればするほど、建物は傷つき危険な状態になっていきます。
損傷を避けるためのエネルギー吸収が損傷を受けない限り実現できません。肉を切らせて骨までは切らせないという討ち死に覚悟の戦法です。
2.耐震設計の課題と苦悩
建物が倒壊せず設計目標が達成されれば、めでたしとなるでしょうか。
ノースリッジ地震では倒壊した病院はゼロでありながら、9棟の病院が機能喪失に陥りました。 阪神大震災では人生を懸けたマンションは傷だらけ、無傷なのはローンだけという事態が現実となりました。 柱や梁は大丈夫とは言っても、雑壁や間仕切り壁がせん断破壊した建物を補修して平気で住めるでしょうか。 家具や器財が転倒散乱すれば、住居やオフィス内はメチャメチャです。エレベータは動かず、設備機器類は機能喪失。 水や電気・ガスの供給は途絶え、排水不能となればトイレさえ使用できません。
地震後の生活はマヒし、資産価値は失われ、経済基盤が崩壊します。倒壊防止という設計思想では、残念ながらこれらの諸々の問題が未解決のままです。
それではと、建物をとにかく頑丈にすると、建物はますます強く揺れるようになり、収容物の転倒や落下の危険性が増し、設備機器類の安全確保は益々難しくなります。設計者がいくら悪戦苦闘しても、簡単には問題は解決しません。
3.地震動の厳しい実態
現実に震度7が発生、最大加速度 1000ガル前後が記録され、実際の地震動は非常に厳しいことが判ってきました。 世の中の建物は殆どが周期1秒以下の中低層建物です。短周期構造物の揺れは入力地震動の2倍から3倍には増幅されます。 つまり建物には現行設計地震力の10倍の力が作用することになります。これでは通常の建物の設計は成立せず、建物内の設備や収容物の安全確保まで考えるとお手上げです。
4.免震構造のストラテジー
免震構造は、この難題を以下のアプローチで解決します。先ず、上部建物各層に比較して極端に剛性の低い免震層を構成し、ここに全ての変形とエネルギーを集中させます。 建物に投入される地震エネルギーの全量を免震装置で吸収し、上部建物をエネルギー損傷から解放します。免震装置の抵抗力を一定に保ち、上部建物にはそれ以上の力を作用させません。その結果建物全体が一つの塊となって、どの階も同じ揺れ方となります。 激しい振動をやさしい揺れに変えて、建物も中身も共に無傷で守ろうという考えです。免震装置が建物重量を支えながら如何に大きく水平変形できるか、これが免震建物の安全性のカギとなります。
現在のところ、大地震時の500から1000ガルという強い入力に対して、建物の揺れを大略200ガル前後に、在来構造の1/5から1/10くらいに抑制できます。
免震構造を採用してはじめて、大地震に対しても建物を無損傷で設計し、収容物も設備機器類も安全に守ることが可能になるのです。
※本記事は「建築技術 1996年10月号」に掲載された内容です。