ダイナミックデザイン:挑戦の記録

100 カイン無損傷設計の実践
-「神戸の課題:震源域強震動」への挑戦の記録 -

宮﨑 光生 , 西村 幸洋 , 水江 正 / ダイナミックデザイン

Challenges to Near-Field Gound Motions after Kobe Earthquake

The maximum velocity of ground motions recorded in Kobe EQ(1995) exceeded 100cm/s, more than twiceas strong as conventional design earthquakes. This is a record of design struggles to achieve safe isolated buildings which can survive strong near-field ground motions over Vmax ≧ 100cm/s without any damage. Basic strategy is to realize large displacement capacity of 80-100cm at 250% rubber shear strain, and with high damping capacity using special large Lead Rubber Bearings. This paper describes the design philosophy of “No Damage Design” and the achieved seismic performance through actual design examples of isolation devices and upper structure frames of real several buildings. And the author’s experience through practicing no damage design, and the thoughts about the walk of seismic isolation of Japan are introduced.

Keywords : Kobe Earthquake, Near-field ground Motion, No Damage Design, Special LRB, Seismic Isolation

DYNAMIC DESIGN Inc., Mitsuo Miyazaki, Yukihiro Nishimura, Tadashi Mizue

※本記事は、「日本免震構造協会創立30周年記念会史 免震・制振 挑戦者たちの軌跡」(日本免震構造協会,2024年)に執筆した内容を一部加筆修正したものです。

1.神戸の衝撃

大阪から神戸へ向かう国道2号線、大渋滞の車の横をバイクで、徒歩で、リュックを背負い手荷物を提げて西へ西へと急ぐ若者達。 無言の行列の横には地面を覆う住宅の屋根。 全ての鉄道、電気もガスもダウンした地震直後の週末、大阪からのママチャリで遭遇した感動の光景だった。

ハイウェイが落ちた米国ノースリッジ地震のかっきり1年後、阪神高速が倒れ、あちこちでピロティが膝を屈し、中間層の割腹ビル。 十数秒でガレキ1450万トン、秒速100万トンの衝撃だった。

免震建物に取組んで10年、耐震構造を超える高い耐震安全性能の実現を謳い、レベル2の5割増し75カイン入力の採用。「50カインでも高過ぎなんだよ」先人の慣行や相場を破ることへの暗黙の批判。 これが神戸の前の斯界の空気だった。

写真.神戸の衝撃

2.震源域強震動の衝撃

時間が経つにつれて、強震動記録が徐々に公開されてきた。 最初が神戸海洋気象台、818ガル91カイン、水平2方向を合成すると845ガル105カインだった。 その後、葺合130、鷹取165、ポートアイランド103カイン(いずれも水平2方向合成値)と震源域の記録は軒並み100カイン以上だった。

兵庫県南部地震の観測記録
地震名 地震動名称
(観測点)
成分 Amax
(cm/s2)
Vmax
(cm/s)
Dmax
(cm)
兵庫県南部地震
(1995年)
(Mw6.8)
KOBE JMA NS 818.0 90.8 20.4
EW 617.3 75.6 18.9
FN 845.5 105.4 26.2
UD 332.2 40.4 12.1
KOBE PI
(0m)
NS 341.2 90.8 38.6
EW 284.3 51.1 30.7
FN 420.8 103.2 48.3
UD 555.9 62.0 28.5
FUKIAI NS 686.5 57.4 20.7
EW 802.0 122.7 44.7
FN 831.7 130.2 48.9
UD - - -
JR TAKATORI NS 641.7 132.8 52.0
EW 666.2 126.8 31.9
FN 759.1 165.2 53.0
UD 289.7 16.4 6.0
KOBE D8T
(Dai 8 Tottei)
NS 683.1 181.8 63.0
EW 394.0 60.7 18.7
FN 727.5 189.4 63.3
UD 341.3 35.0 14.6
FNは、水平2方向成分の合成値を示す
米国の観測地震動記録
地震名 地震動名称
(観測点)
成分 Amax
(cm/s2)
Vmax
(cm/s)
Dmax
(cm)
SAN FERNANDO -EQ
(1971年)
(M6.6)
PACOIMA
DAM
S74W 1218.2 113.9 42.6
S16E 1227.2 57.3 15.4
FN 1288.3 121.5 39.4
UD 704.3 58.2 22.4
IMPERIAL VALLEY -EQ
(1979年)
(Ms6.8)
EL CENTRO
A6
140° 450.3 66.7 28.4
230° 446.8 114.1 72.8
FN 439.2 122.0 74.3
UD 1718.2 61.6 42.1
EL CENTRO
A7
140° 335.0 50.6 26.4
230° 459.0 113.1 47.6
FN 458.4 113.2 46.5
UD 614.4 27.4 10.3
NORTHRIDGE -EQ
(1994年)
(Mw6.7)
OLIVE VIEW NS 782.4 114.2 27.4
EW 375.5 71.3 17.7
FN 741.2 116.4 29.8
UD - - -
TARZANA NS 970.7 77.9 30.3
EW 1744.5 113.5 32.0
FN 1697.1 113.7 33.3
UD 1027.5 74.6 19.8
FNは、水平2方向成分の合成値を示す

これをどう捉えるべきか、米国の地震記録の存在を教えてくれる先生がいた。 調べてみると、確かに100カイン超えの記録が存在する。「25カイン50カイン」は、地震平穏期の平和ボケだったのか。

「震源域の地震動は100カインを超える。」もしこれが地震動の実態なら、これこそが免震の課題、免震設計の主対象ではないのか。

Near Field Ground Motion 震源域強震動!免震が耐震安全性を看板に掲げるかぎり・・・

3.100カイン無損傷設計への挑戦

3.1 設計目標「100カイン無損傷設計」

現実の直下地震の震源域で記録された最大地動速度100カインを超える地震動に対しても安全性能を確保すること、これを「100カイン無損傷設計」と名付けて設計目標とする。

安全性能とは、「器としての建物は勿論、その中身である収容物・家具・設備機器、機能維持および資産価値保全を含めて建物全体のwholisticな安全性を実現する !」当初から掲げた免震の理念である。 この基本思想を現実の震源域強震動に対しても偽りなく成立させる。これを実際の設計で実現し実践する。これが神戸地震直後1年間の検討の結晶としての密かな決意だった。

3.2 実現方法としての具体的技術戦略

神戸以前の過去10年間、機能喪失を前提としたフェールセーフではなく、機能喪失を防ぐバックアップシステム(水平変形制限装置、浮き上り防止装置、水平変形緩衝装置、減衰付加装置等)を開発し実装もした。 その限界も課題も認識した上での基本戦略である。

免震の安全性能はその変形能力にある。高い減衰性能を確保した上で、それでも「変形性能が全て」である。 如何に大きな変形能力を確保するか、具体的条件下でどこまでが可能か。実際の建物計画における具体的な解決策・実践例を記録しておきたい。

4.100カイン無損傷設計の実践

4.1 ① 明大前マンション(BCJ免-144 H8.1)

神戸の衝撃を背負って、神戸の記録地震動に負けない免震を目指した最初の取組である。 しかし95年当時、より厳しい記録の存在は知られていたものの神戸海洋気象台以外の地震動記録は一般実務家には未だ入手できなかった。

そのため、EL CENTRO等の慣用地震動を全て100カインとし、記録地震動には海洋気象台818Gal(V91cm/s)および前年の米国ノースリッジ地震のOLIVE VIEW病院の記録782Gal(V112cm/s)等を採用した上で、更に余裕を確保することとした。

免震構造設計の基本戦略は、①上部構造体には充分に高い水平剛性と耐力を確保する、②免震装置には確実に製造できる大型装置として直径1300mmφ、ゴム層8×40層=320mm、S2≒4.0、γ=250 % 歪で800mmの水平変形を許容できるLRBとし、実製作、性能確認を踏まえて、建物重量約12000トンを8基の1300φ-LRBで支える計画とした。

4.2 免震評定-審査内容の変化

神戸地震は免震構造評定の審査内容にも影響した。 例えばマンション桁行き方向スパン中央雑壁のレベル2時のせん断破壊防止も大地震時損傷防止をめざす免震では当然の確認・検証事項とされた。

中でも設計者にとって最大の影響は免震構造審査委員会による「地震動カテゴリー」の提案であった。 入力地震動の強さを擬似速度応答スペクトルpSv40によりC1~C4の4段階に分類し、これに対する建物状態をA(無損傷)~C(倒壊防止)の3段階で評価する。

免震建物の実力を定量的に評価しようとするもので、地震動の最高ランクC4は加速度1000(cm/s2)以上、速度100(cm/s)以上、変位60(cm)以上となる地震動とされた。 従って免震建物の性能上の最高ランクはC4-Aとなる。当時の設計者一般の反応は「そりぁ無理だべ!」だった。

4.3 ② ライオンズマンション若林東(C4-A)(BCJ免-326 H8.11)

地震動カテゴリーの採用は強制ではなかったが、評定性能にランクがあるとすれば免震設計者としては最高ランクに挑戦せざるを得ない。

本建物は、延床面積6000m2、12階建ての極一般的な共同住宅である。 長辺方向6スパンの両端部2本の柱をV字柱で集約して、総重量13000トンを計10基の支持点で支える。 免震装置は前記建物①と同仕様の1300φLRBを採用し、許容変形量80cm(γ=250%時)、クリアランス90cm(γ=280%相当)としている。

設計用入力地震動(ライオンズマンション若林東)
設計用入力地震動 カテゴリーC2相当 カテゴリーC4相当
Amax
(cm/s2)
Vmax
(cm/s)
Dmax
(cm)
Amax
(cm/s2)
Vmax
(cm/s)
Dmax
(cm)
TAFT EW (1952) 497 50 26 1192 120 62
HACHINOHE EW (1968) 255 50 18 868 170 61
SENDAI SUMI NS (1978) 356 50 17 1281 180 62
JR TAKATORI NS (1995) 241 50 19 771 160 60
YOKOHAMA ROCK (1991) 281 50 36 563 100 72
BCJ-L2 356 57 46 620 100 80

上表が設計用地震動である。

免震構造評定において最高ランクC4-Aを達成した第一号である。 前述建物①の明大前マンションも本建物と同仕様の免震装置、許容変形量を採用しているので、この建物も実質的にC4-Aの性能を有していることになる。

4.4 許容変形量1メートルの実現

原子力施設や超高層建物は別として、階数10階前後の一般建築物を対象とした場合、建築計画と経済性を踏まえて実現可能な免震の最高性能として「許容変形量1メートル」を目標とした。

積層ゴム支承で許容変形量1000mmを実現する条件として、直径1500mm、ゴム層8mm×45層=360mm、S2≒4.2、γ=250%で水平変形900mm、1000mm変形時でγ=280%の大型積層ゴム、特製LRBとした。 この装置は先ず、米国DIS社の協力で実現(下記建物③⑤)した。建物④は国内メーカーで製造している。

許容変形量1mを実現している免震建物は、筆者の設計では次の3棟のみである。

③ ハイシティ清澄ステーションプラザ(BCJ-免359 H8.12)

④ 名工学園(BCJ-免633 H11.02)

⑤ 高知高須病院(IB0115 H13.02)

免震建物で大きな変形性能を実現するには、全装置の変形性能を大きくしなければならない。 建物を支持する全装置を1500φLRBに統一するには、上部構造計画に工夫が必要である。 また特製免震装置は極めて高価であるが、建物全体での使用数を減らすことで全体としての経済性が成立している。

上部構造と免震装置計画、両者の有機的融合・調和の先に高性能免震の世界が存在する。

下表に④名工学園と⑤高知高須病院において、許容変形1mに到達する入力地震動の強さを示す。 最大入力速度Vmax=130~240cm/s、平均170~180cm/sの入力地震動に対応できる。これが100カイン無損傷設計の実力である。

許容変形1mに到達する入力地震動の強さ(④名工学園)
④名工学園
許容限界-入力地震動
Amax
(cm/s2)
Vmax
(cm/s)
Dmax
(cm)
地震動の
カテゴリー
EL CENTRO NS (1940) 2138 209.2 69.0 C4
TAFT EW (1952) 1961 197.3 102.6 C4
HACHINOHE NS (1968) 1071 160.3 46.6 C3
HACHINOHE EW (1968) 908 172.9 51.9 C3
FUKIAI FN (1995) 1085 169.5 63.9 C4
JR TAKATORI FN (1995) 1005 218.5 70.2 C4
MEIKOH AW 842 172.4 68.6 C4
平均値 1287.1 185.7 67.5 C4
FN = Fault Normal(水平2方向合成値), AW = Artificial Wave(模擬地震動)
許容変形1mに到達する入力地震動の強さ(⑤高知高須病院)
⑤高知高須病院
許容限界-入力地震動
Amax
(cm/s2)
Vmax
(cm/s)
Dmax
(cm)
地震動の
カテゴリー
EL CENTRO NS-S (1940) 1307 189 57 C3
EL CENTRO A-7 FN (1979) 570 143 60 C4
TAFT EW-S (1952) 1078 192 74 C4
HACHINOHE NS (1968) 1063 161 46 C3
JR TAKATORI FN (1995) 1115 243 78 C4
FUKIAI FN (1995) 1135 178 67 C4
KOBE PI FN (1995) 543 133 62 C4
BCJ L2-S 580 126 98 C4
KOCHI-LM AW-S 1353 211 94 C4
NANKAI AW-S 960 163 65 C4
MTL-SIKOKU AW-S 885 168 83 C4
平均値 962.6 173.4 71.3 C4
FN = Fault Normal(水平2方向合成値), AW = Artificial Wave(模擬地震動)
-S = 工学的基盤へ入力した地表波

積層ゴム支承を前提とする限り、一般的建築物において許容変形量1mを確保すること、即ち1500φ装置のみで免震計画を成立させることは容易ではない。 建物⑤では、復元力の主装置として1500φLRB 8基を4隅に配置し、他の支点にすべり支承と転がり支承を組合せることで上部構造体の整形骨組計画を実現している。

免震設計の今後の一つの方向性である。

4.5 建物規模と免震構造計画の限界

次の2例は、大変形量を確保すべく努力した結果として、免震装置は建物①②と同じく1300φLRB、ゴム層8x40=320mm、許容変形量800mm( γ=250%)、クリアランス900mm(γ=280%)が実現可能な上限性能と判断した例である。 設計用地震動には全て100カイン以上(6波Vmax=100~130cm/s 但しBCJ-L2のみ90cm/s)を採用しているが、地震動のカテゴリーはC3相当(建物はC3-A)である。

⑥ トモノアグリカ本社ビル(BCJ-免-347 H9.01)

この建物は7階建て、延床面積3260m2、総重量5635トンの中規模の事務所ビルである。 X方向4スパンで28m、Y方向3スパンで18mの建物平面を1300φLRBによる4点支持の計画としている。

平面中央部に(x)16m×(y)18mの無柱空間が必要で、それを除いても柱本数は18~14本となる。 上部構造体骨組を素直に14点以上の支持点とする計画がよいか、4点集約がよいかが評定上の議論になった。

免震建物の耐震性能は免震層の変形能力如何に掛かっており、設計や工事が容易でも、変形性能の小さな免震(=低い耐震性能)は本設計の目指すところではないと主張した。

⑦ 神戸中央消防署+待機宿舎(BCJ免-500 H10.01)

阪神淡路大震災で、中央区を所管していた生田消防署庁舎は半壊、葺合消防署も損壊した。 両消防署を統合してより強力な神戸中央消防署としての復活・再興をめざしたもので、神戸市が震災後初めて採用した免震構造である。

震災発生時、自宅で被災した署員が消防署に集合できなかった苦い経験を踏まえて、消防署上部を待機宿舎として家族ごと職員を住まわせ、いざという時、直ちに出動できる体制を整えている。

神戸の衝撃から3年で本設計が出来上がり、5年後の平成12(2000)年4月1日に活動を開始している。

5.100カイン無損傷設計の実践をふまえて

5.1 斯界の反応:批判と擁護、評価

100カイン無損傷設計の実践は、高い耐震安全性能をめざす免震のモチベーションが神戸の衝撃という推力を得た結果である。 その取組は技術者としての純粋な意欲であり、全く自発的なものであって、社会の柵(しがらみ)は意識になかった。

しかし、その実践の過程において何某かのさざ波が立っていたのかもしれない。 大手事務所のベテラン構造部長から「100カインで設計してるんだって」という電話を受けた。 それは、それまでの構造設計界の慣習、設計相場という暗黙の秩序を破壊する行為だとの非難であったように思われた。

一方で、この行為を精神的に擁護・支援してくれる方々もいた。 表立っては表明しづらい立場でも暗黙に「Goooood job! 頑張れ」という暖かい眼差しをくれる先生方もいた。 一番の精神的支援者は安全な建物を希求する一般社会の発注者、特に個人のお施主様であった。

大型積層ゴムの使用に対する超プロの批判もあった。 「そんな大型積層ゴムの製造、品質は信頼性がない。信用できない」。筆者の反論「では、直径が小さくゴム層が薄い小型積層ゴムなら、大変形が提供できる、と仰るのですか?」

一方で、海外からの擁護もあった。 免震構造の世界的権威カリフォルニア大学バークレー校のJamesKelly教授は、彼の図書 Earthquake ResistantDesign with Rubber(3rd Edition)の「日本語版発行によせて(2005)」において 「適切なレベルの減衰を付与し、大変形時の安定性を保証させるために大きな直径の積層ゴムを用いるという日本の免震設計の取組み方は、私の意見としては、最もシンプルで信頼性の高い免震手法を示しており、・・」と評価してくれた。

5.2 基準法改定の影響

2000年に建築基準法が改定された。 日米構造協議により日本への参入障壁の一つだとして基準法38条が撤廃された。 姉歯事件(2005)後の許認可改定当時、日本では米国のピアチェック制度を賛美する意見が多かったが、 James Kelly, Ian Buckle教授等は「38条の大臣認定制度はピアチェックよりも遥かに優れている。 米国のピアチェックは免震普及の妨げになっている」との意見だった。

免震構造における基準法改定の最大の影響は、免震装置を大臣認定品限定としたことである。 改正直後に認定品は殆どないので、免震設計は2年程度、停滞状態に陥った。 改定後の免震装置(免震材料)は、多くのユーザーが見込める標準的な製品だけになった。 既製服に満足できない者にとってオートクチュール自体が許されない社会になってしまった。

本論で紹介した100カイン無損傷設計の実践例は、神戸地震(1995)から2000年の基準法改定までの数年間の作品ばかりである。 免震への高いモチベーションと免震設計の腕を振るえる自由が併存した時期、この数年間が筆者にとっては理想の期間だった。 これらの設計を再度実践・再現することは、現在では不可能である。認定品積層ゴムでは変形性能が不足しているからである。

5.3 その後の地震経験と免震の実力

神戸地震の後、「大地動乱の時代」(石橋勝彦)と予想されたとおり、国内各地で内陸直下地震が頻発し、M9.0の3.11東北沖地震まで発生した。 免震にとってこれまでで最も過酷な地震動は台湾集集地震のTCU068-FNのVmax=383cm/s、Dmax=1082cmの記録である。 5~8秒で約10mも移動する地震動である。

幸いにも神戸以降、熊本地震(2016)まで構造的被害を受けた免震建物は存在しない。 しかし、私達の技術力は未だに不十分であり、どのような地震にも安心できるレベルには達していない。 免震の安全性は、遭遇した地震動との組合せの幸運に依存している状態から今も抜け出せてはいない。

5.4 免震、40年間の目撃証言

免震構造が実用化されて既に1世代以上の時間が経過し、技術者の世代交代も進んでいる。 技術や社会が時間と共に着実に進化するとは言い切れない。

何事も時間の経過による新鮮さの色褪せは避けがたく、特に高いモチベーションやチャレンジ精神等の持続は難しい。 未完成・未熟の技術に対する規制や管理強化が過ぎると、角を矯めて牛を殺すが如く、創意工夫や技術への取組意欲そのものを奪うことになる。 我が国の免震評定が始まった昭和60(1985)年から今日までの約40年間を現役の免震実務者として体験した者として、 「2000年の基準法改定、姉歯事件(2005-2007)、TOYO(2015)・KYB(2018)問題・告示改定(2019)と基準法や建築行政の管理・運用を弄る度に、免震の設計は不自由になり、意欲を削がれ、普及は停滞を余儀なくされた。」と証言しておきたい。

落ちこぼれ問題への対応、責任回避の正当化や管理・規制に膨大な時間と労力を投入することは、技術への取組を阻み国力を疲弊させる。 今の我が国に、かつての免震への夢と期待、自由と活力があるだろうか。 今世紀に入っての我が国の無残な国力衰退の惨状と軌を一にしているように思われてならない。

5.5 感謝

筆者の免震への取組は神戸地震の10年前にスタートした。 神戸の衝撃の前に10年間の助走期間があったことは天恵だった。 この時期、実績など全くない時期に、実績を問わず、実建物の設計機会を与えてくれた方々がいた。 東南海地震を経験した浅野のお婆ちゃん、関東地震を経験した天野の爺さん、免震の実現を強力に推進してくれた熱血漢の鈴木さん。 今やみな鬼籍の方々である。 これら建物の実現には、営業からプロジェクトの組立、設計への段取り、設計協力してくれた同志の仲間、建設工事・施工を担当してくれた現場所長や主任さん達、沢山の方々の協力と尽力があり、想いが結晶した天の賜物である。

未熟この上ない筆者に、これまでの免震設計の機会を与えて下さったすべての方々に、また天の采配に、神戸地震の衝撃をも含めて感謝申し上げたい。

設計物件の諸元
建物名称 ①明大前マンション ②LM若林東 ③HC清澄SP ④名工学園 ⑤高知高須病院 ⑥トモノアグリカ ⑦神戸中央消防署
建物情報 特徴・選定理由 100NDD第1号 C4-A第1号 許容変形1m実現 小規模対応例 現実的実践例
評定番号 BCJ免-144 BCJ免-326 BCJ免-359 BCJ免-633 IB0115 BCJ免-347 BCJ免-500
評定完了 H8(1996).01 H8(1996).12 H8(1996).12 H11(1999).02 H13(2001).02 H9(1997).01 H10(1998).01
設計者 一般 アーキプライム 創建設計 イクサーブ建築設計 青島設計 THINK建築設計事務所 日総建 神戸市住宅局,
類設計
構造 ダイナミックデザイン ダイナミックデザイン ダイナミックデザイン 青島設計,
ダイナミックデザイン
ダイナミックデザイン 日総建,
ダイナミックデザイン
神戸市住宅局,
類設計,
ダイナミックデザイン
施工者 住友建設 未実施 藤木工務店 竹中工務店 大林組 大成建設 住友建設
竣工年月 1997.10 1999.10 2000.7 2002.6 1998.4 2000.3
上部構造概要 上部構造体 RC 一部SRC RC 一部SRC RC 一部SRC RC 一部SRC RC (部分SRC) SRC RC 一部SRC
階数 B1+10F+P1 B1+12F+P1 B2+14F+P1 8F+P1 6F 7F+P1 B1+9F+P2
延床面積 (m2 5721 5993 10881 12022 12943 3261 9526
総重量(EW) (tonf) 12081 12997 18033 15563 18631 5635 16873
設計せん断力係数 DCi 0.15~0.20 0.15~0.29 0.15~0.28 0.15~0.25 0.15~0.23 0.172~0.30 0.15~0.25
免震装置諸元 免震装置 LRB LRB + SLR LRB LRB LRB+SLR+SBB LRB LRB
基数 8 10 + 4 12 8 8+10+40 4 12
外径 mmφ 1320 1320 1550 1550 1550 1300 1300
有効径(シム径) mmφ 1300 1300 1500 1500 1500 1300 1300
鉛プラグ径 mmφ 300, 320 280, 340 270, 310, 340 270, 310, 340, 370 340, 390 310 280, 300, 330
ゴム材質 G(kg/cm2) G6.0 G6.0, G4.0 G4.0×8, G6.0×4 G4.0×4, G5.5×4 G6.0 G6.0 G6.0×5, G4.0×7
ゴム層 ti(mm)×n 8×40 = 320 8×40 = 320 8×45 = 360 8×45 = 360 8×45 = 360 8×40 = 320 8×40 = 320
ゴム接線周期 Tr (sec) 5.57 5.39 5.38 5.76 6.60 5.14 5.60
1次形状係数 S1 40.6 40.6 46.9 46.9 46.9 40.6 40.6
2次形状係数 S2 4.06 4.06 4.17 4.17 4.17 4.06 4.06
水平変形量
Da(mm)
許容変形量*1) 800 800(900) 900(1000) 900(1000) 1000 800(900) 800(900)
クリアランス対応歪 γ=250% γ=281% γ=278% γ=278% γ=278% γ=281% γ=281%
免震層 水平クリアランス DCL(mm) 800 900 1000 1000 1000 900 900
最大応答変位 X方向(cm) 22.8~58.9 56.2~78.7 53.6~80.5 41.2~79.0 31.7~78.7 39.5~60.1 40.1~77.8
Y方向(cm) 22.5~58.5 55.6~79.8 54.0~80.5 40.7~79.3 31.6~78.9 40.4~60.2 40.2~78.5
入力地震動 地震動数 9 6 8 7 11 6 9
最大加速度 Amax(cm/s2) 356~1022 563~1281 336~947 503~1022 330~832 465~1022 530~1022
最大速度 Vmax(cm/s) 57~112 100~180 96~161 100~165 72~165 75~130 90~130
最大変位 Dmax(cm) 20~52 60~80 43~64 30~53 30~56 31~60 30~72
地震動カテゴリー 未規定 C4 (C4-A) C3, C4-A C3 (C4-A) C3 (C4-A) C3 (C3-A) C3 (C3-A)
*1):ゴム層のせん断変形量γ=250%相当を基本とする。()内は設計で想定した実質的許容変形量
(文責:宮﨑 光生)