レベル 2 無損傷の制震構造ビルの実現
- “弾性領域 減衰性能 ≧ 20%”の達成 -
Design of a Heavily Damped Building with 20% or greater Damping
A powerful energy absorber “Viscous Damping Wall” was invented and developed for realizing buildings which can survive strong earthquake ground motions without damage by absorbing earthquake input energy. Media city Shizuoka which installed 170Viscous Damping Walls achieved the design target to realize 20% damping constant or greater in the elastic range of the main structure frames. The performance of the building against level 2 input ground motions was confirmed to remain in the elastic range and to be safe with well controlled response behaviors by the time-history dynamic analyses. The building was designed in 1991, and the construction work was completed in 1994 in the central area of Shizuoka city, Shizuoka prefecture, Japan.
Keywords : supplemental damping, energy absorber, viscous damping wall, earthquake response control design
DYNAMIC DESIGN Inc. Mitsuo Miyazaki
※ 設計当時:住友建設(株) 建築部建築開発課※本記事は、「日本免震構造協会創立30周年記念会史 免震・制振 挑戦者たちの軌跡」(日本免震構造協会,2024年)に執筆した内容を一部加筆修正したものです。
1.地震応答制御設計法への取組
わが国で新耐震設計法が施行された1981(S56)年ニュージーランドでは世界第一号のLRB免震建物William Clayton Buildingが完成している。 日本では1983年多田等による国内第一号の免震建物八千代台住宅が竣工している。
同じ年米国の免震構造研究の状況を知った筆者等(住友建設㈱)は翌1984年度から「地震応答制御設計法の実用化」という目標に取組んだ。 その中身は免震構造と制震構造の2本立てであり、前者の第一ステップとして、㈶日本建築センターの免震構造研究(技術指導)委員会を終了(1985.12)して「住友式LRB免震構法」を確立し、我国第1号(世界第2号)のLRB免震建物「オイレスTC棟」(BCJ-免4, 1986)を実現した。
2.制震壁の開発と制震構造建物の実現へ
一方、免震と同時並行の制震構造に対しては、1984年4月建築用減衰装置「粘性制震壁」を発明(特許1577568号「耐震壁」、出願1984/10/02、発明者宮﨑光生)し、その開発・実用化に取り組んでいる。
2.1 制震壁による制震構造の基本思想
建築物の耐震構造設計の基本思想は、昭和初期における柔剛論争を経て棚橋諒の速度ポテンシャルエネルギー論に集約され、高い剛性と耐力の確保および塑性変形によるエネルギー吸収という観点が新耐震設計法に引き継がれ、以後現在に至るまで耐震構造設計思想の根幹を形成している。
柱・梁の線材(剛接フレーム)で構成される建築物の耐震性を高める具体的な構造要素としては、内藤多仲による「耐震壁」を嚆矢とするが、フレームとの共働という観点ではRC造耐震壁は剛性が高過ぎ、せん断亀裂発生後の塑性変形性能に難がある。 その高過ぎる剛性を低減し変形性能を改善する提案として武藤清等による「スリット壁」(Ductile Shear Wall)がある。耐震壁の変形性能をせん断変形角で5/1000以上(~10/1000)にまで高めており霞が関ビル等に適用されている。 従来のRC造耐震壁に比較するとその変形性能は大きく改善されているとは言え、筆者の目には大変形により壁には無数のクラックが発生するし、履歴ループの膨らみ(エネルギー吸収量)は僅かであるように見える。 即ちスリット壁は、構造要素の水平剛性においてフレームと壁要素の共働・加算を可能としたものに過ぎない。
これに対して筆者のめざす制震壁は、柱スパンに拘束されない任意長さでよい壁形状であり、「上階梁に固定された内壁鋼板と下階梁に固定された外壁鋼板、両者の僅かの隙間に充填されている高粘性流体」で構成されている。 その機能は上下階間(層間)の相対運動に応じてエネルギー吸収を行う減衰装置であり、その抵抗力は層間速度に対応する粘性抵抗力であるので、層間変位に依存するフレーム抵抗力とは位相差により両者の合力が最大力の単純和にならないという利点を有し、 且つ抵抗力の発現材料が流体であるため繰返し変形を受けても亀裂発生や損傷の恐れがなく、大地震に対しても損傷せず何度でも機能発揮できる構造要素=「エネルギー吸収を行う壁」=「粘性制震壁」を実現したものである。
2.2 久岐の浜ニュータウン設計競技
この制震壁による制震構造建物を初めて世に問うた提案が、1984(S.59)年10月北九州市政20周年記念「久岐の浜ニュ-タウン設計競技」である。 これは、芦屋浜高層住宅プロジェクト提案競技(1972)に次ぐゼネコン各社の総合力の競争と言われたもので、12社・グループが参加した。
街全体は高層棟・中層棟・低層棟で構成されており、全住棟の構造計画に「制震壁による制震構造」を提案した。 その審査結果(S.60.03)は、最優秀案にノミネートされるも、みごとに落選した。
しかし、審査委員会(委員長内田祥哉東京大学教授)は住友建設案に対して以下の講評を出してくれた。
全体に同系の提案が多い中で、住友建設案と町家型案は何れもユニークな提案であった。 特に住友建設は構造上多くの提案をしており、その意欲は高く評価された。
[住友案の構造計画に対する評価]:
「提案は創意工夫に富み、他の計画分野との関係もよく検討されており、魅力がある。躯体価格も各提案中最低レベルとなっている。
・・・しかし、制震壁という新技術を取り入れて、直に大規模な実施にふみ切るには時期尚早と判断した。」 (・・・むべなるかな)
2.3 制震壁の開発
粘性制震壁は、建物上下階間の層間相対運動を相対面する内外壁鋼板の相対運動に置換して両者間に充填されている粘性流体の速度勾配に比例した粘性抵抗力(Q=η・(dv/dy)・A)を発生させるNewtonの粘性法則(Principia,1685)を基本原理としている。 17世紀の古典理論に基づくとは言っても前例のない構造要素であり、その特性を割出すには各種の要因と仕様および製造方法まで検討する必要があった。
先ず制震壁に充填する粘性流体は長鎖状炭化水素のポリイソブチレンとし、温度30℃における粘度を基準粘度η30として材料規定の指標とした。 基本性能実験段階で比較検討した粘性材料はη30=3000,6000,30000,60000,96600(poise)である。 高粘度になるほど抵抗力は高くなるが、分子量が大きくなるためみかけの剛性が高まり、壁体内への注入等の製造時の扱いも難しくなる。
試験体サイズは、小型から実大レベルまで有効面積でAw=4000,6000,23000,47500(cm2) の4サイズ、鋼板間の隙間はdy=1,2,5,7,10(mm)とした。 鋼板間隙間を狭くするほど抵抗力は高くなるが、同一振幅に対する歪レベルが高くなるために非線形性への影響が大きくなると予想されることと、製品隙間の製造誤差の影響が大きくなること等を踏まえて現実的な寸法設定・精度を判断する必要がある。
また、動的な加振条件の振動数範囲はf=0.49~6.25(Hz)、試験体温度はT=11.9~33.1(℃)の範囲での確認を行っている。
これらの基本性能実験の結果および実大装置の試作製造結果等を踏まえて、実建物「メディアシティ静岡」用制震壁の基本仕様を、粘性流体の基本粘度η30=60,000(poise)、内外壁鋼板間の隙間dy=6.5(mm)、設計可動変位Dx=±60(mm)とした。
写真は実大プロトタイプ制震壁であり、外壁鋼板に面外変形の拘束リブが縦横に配置されている。 リブグリッドの中央には内外壁鋼板を貫通するセパレータが配置されて面外への膨らみを拘束しており、内壁鋼板には両側の隙間を一定に保持する突起スペーサがほぼ等間隔で配置されている。
履歴ループはきれいな楕円形状を示しており、可動変位内のどの位置での加振に対しても全く同じ履歴性能を発揮する。 また面外傾斜角1/100時の抵抗力は小さく、面外傾斜下でも正常に作動し同じ性能を発揮することを確認している。
実製品製造の合理化を図るために、プロトタイプ制震壁の面外補強の縦リブを少しずつ外していき、その性能変化が僅かであることを確認した上で、実製品は水平リブだけを残す面外補強としている。
3.メディアシティ静岡
3.1 建物概要
本建物は静岡市中心部に位置する商業施設であり、高さ約80m(軒高65m)、平面形状は低層部八角形、中層部長方形、10階以上はほぼ正方形と敷地の制約により2段階にセットバックしている。
用途は地下階がレストラン・駐車場、1~4階店舗、5~7階劇場、8~14階レストラン・ビデオシアター等と異種用途階を上下に重ねた複合施設であるため階高・床重量が階によって大きく異なり、 低層階と中層部には大きな吹抜けを有する等、構造計画上難しい条件を有している。しかも計画地は大規模地震が想定されている静岡市に位置しており、耐震設計上特別の配慮が望まれた。
3.2 構造設計思想
本建物は、剛性要素(地下躯体~塔屋の構造骨組)と減衰要素(各階に配置された粘性制震壁)の2種類の構造要素を対等に位置付けて構成し、長期荷重は構造骨組に支持させ、地震時・暴風時の動的応答を両要素の共働により抑制する。 減衰機能は水平方向のみでなく、鉛直方向にも有効であり建物全体では鉛直振動に対しては2倍の減衰性能を発揮する。
[耐震設計目標]
わが国(世界)初の本格的制震構造の実現をめざす本建物は、「レベル2大地震時無損傷」を設計目標とし、これを達成するために「構造体骨組の弾性領域においてh=20%以上(~30)の減衰性能を有する制震構造物」を実現することを具体的課題とした。
これは、エネルギー吸収を損傷(構造部材の塑性化)と引き換えにしている従来の耐震思想に対して、「何の為のエネルギー吸収なのか。エネルギー吸収は本来、損傷回避のためであるべきであり、 損傷していない弾性領域においてこそエネルギーを吸収するべきだ」という主張である。
4.構造要素の設計
4.1 剛性要素(主体構造骨組み)の設計
構造骨組は、地下部を耐震壁付きRC造、地上部をS造純ラーメン構造とし、平面中央の吹抜け部を囲む井形4構面をメインフレームとしている。 架構は柱の軸剛性を高めて全体曲げ変形を抑制し、できるだけ水平せん断変形モードを卓越させることを意図している。 階高の特に大きい階では梁成や柱の剛域によって水平剛性を調整している。
地下躯体は敷地いっぱいに張り出してアウトリガー効果による安定化を図り、基礎は場所打ちコンクリート杭として外周杭の軸剛性を高めて建物全体のロッキング振動を抑制している。
設計せん断力係数は1階0.075、R階0.15としている。 制震壁による梁の剛性上昇を評価した立体解析モデルによる1次固有周期は約2.5秒であり、一般的な建物よりも少し長周期側の柔らかい骨組としている。 これは、次項に述べる減衰要素とのバランスを考慮したためである。 また柱・梁の降伏ヒンジの形成位置や Weak Beam Strong Column 思想には拘らず、減衰装置の効果発現を優先し、柱軸剛性の高いせん断変形型骨組の構成をめざしている。
4.2 減衰要素の設計
減衰装置「制震壁」は粘性流体の抵抗力発現に基づいているので、性能が温度の影響を受ける。 制震壁の設計温度条件を静岡市の過去30年間の気象観測データに基づいて、制震壁の設計基準温度=20℃、設計温度領域=15~26℃、検討用温度領域=10~30℃と設定した。 建物休館時や劇場の部分営業、テナント入替えに伴う空調停止・部分空調等も想定し、平面的あるいは上下層間で建物内温度差が生じた場合等に対して、いずれの条件下でも安定した地震応答性能が発揮されることを確認している。
制震壁の基本仕様はη30= 60,000(poise)、dy=6.5 (mm)、Dx=±60(mm)に統一しているが、水平寸法および高さは、各階の配置位置に応じて設定している。 制震壁の配置数量は、上層階で各方向4枚、低層階で8~10枚、全層でX方向80枚、Y方向90枚、合計170枚としている。各階の設計減衰係数から換算した1次モード減衰定数は両方向共に設計基準温度で約27%、設計温度領域の夏季上限温度で20%~冬季下限温度で35%となっている。
制震壁の配置は、平面位置はできるだけ外周に近く且つ外部温度の影響を逃げる為に外壁は避けるものとし、立面的には連層壁配置を意図的に排除し、梁を挟んで上下階で制震壁の左右端を重ねる市松状配置としている。 これは、取付梁の変形を抑制し、隣接柱の負担軸力を軽減して水平せん断変形モードを卓越させる配慮である。その他建築計画・設備計画・施工性にも配慮して配置位置を決定している。
4.3 2次部材を利用した補助減衰要素の付加
本建物では補助減衰装置として2次部材用「超塑性ゴムダンパー」を開発し、外壁PC版の取付部に組込んで、層間変位追従と共にエネルギー吸収機能を付与している。
これにより3~5%程度の減衰性能が付加され、風振動に対しては十分な制振効果を期待できる。 2次部材を減衰要素として有効利用したものである。
5.地震応答性能
5.1 レベル2地震時の応答性能
地震応答解析モデルは19質点等価せん断型モデルとし、建物の減衰をh=1%、減衰装置は主装置の制震壁および外壁PC版補助装置をそれぞれVoigtモデル、各階4要素で表現し速度に対する非線形性を考慮している。
設計基準温度におけるレベル2地震時の最大応答値を制震壁の有無で比較して下図に示す。 制震壁なしでは損傷する可能性が高いが、制震壁により中層階以上の応答加速度は概ね200Gal程度に、層間変形角は全層1/200(rad)以下に抑制されている。 層せん断力係数も全層に渡ってほぼ直立する分布形状であり、地震応答が良く制御・抑制されている。
下図に中層階の設計復元力特性(上)とその応答履歴例(中)を、また骨組の負担せん断力と制震壁抵抗力の応答時刻歴例(下)を示す。 両者の抵抗力は概ね同等レベルであり、時間差をもって両者が応答を抑制している「2刀流制御」の状況がよくわかる。
5.2 温度変化が地震応答に及ぼす影響
建物内の設計温度領域の上限・下限温度におけるレベル2時応答の変動程度を下図に示す。
温度変化による応答変動は大きくなく、設計温度領域の夏季上限温度でもレベル2時最大応答層間変位は1/200程度に抑制されており十分な安全性が確保されている。
5.3 レベル2を超える強震動に対する安全性能
次図は、神戸(1995)、米国(1994)、台湾(1999)で観測された最大速度100cm/sレベルの強震動に対する応答を再評価したものである。 最大速度100kine前後、最大加速度800~1700Galの強震動に対して最大層間変形角は概ね1/200~1/100程度に抑制されており、安全性は確保されていると判断できる。
5.4 制震構造の信頼性
下図は、入力エネルギーの時刻歴例である。 制震壁がない場合には、h=1%と仮定した実態不明の減衰機構③が総入力エネルギーの半分程度を吸収する計算となっており、残り半分がフレームの塑性変形⑤として吸収され損傷を与えている。
これに対して本建物では損傷の恐れがなく機構明確な制震壁が入力エネルギーのほぼ全量④を吸収しており、フレームの吸収エネルギ-⑤はほぼゼロで、設計目標「レベル2無損傷」を達成している。
6.実建物の性能確認
現実の大型構造物における構造特性、中でも減衰性能を確認することは容易ではない。 ニューヨークのワールドトレードセンター(2001年崩壊)では、ハリケーンGloria遭遇時の建物振動測定から梁端部に仕込まれたVEMダンパーの効果として2.5~3%の減衰性能が確認されている。
次図は、竣工前の本建物14階に設置した起振機による強制振動実験より得られた共振曲線である。
下図は、本建物の工事中の建設用タワークレーンで地球を目いっぱい引張ってしならせた状態で解放するという自由振動実験の減衰振動波形である。 気温26℃の設計温度領域の上限で減衰性能約23%が確認された。 筆者の無茶なお願いに応えてくれた勇敢なクレーン運転士の男気とその実施を認めてくれた現場所長の英断に心より感謝申し上げたい。 今ではあり得ない技術者魂が響き合った結晶である。
7.まとめ
本報は、免震構造と同時並行で推進した制震壁の開発・実用化と制震構造建物実現への取組を紹介した。 「弾性領域で20%以上の減衰性能」を目標とし、粘性制震壁によりこれを実現した我国(恐らく世界)初の本格的制震構造ビルである。 h=20~30%という目標性能は、①顕著な効果、②性能変動に対する応答の安定性、③剛性・減衰両抵抗力の均衡、という観点から設定した。
本建物は1991年に設計(高層評定1991.7)され、1994年に竣工している。 本建物の実現により、建物の構造設計は「剛性と減衰の2刀流設計」に進化し、大地震対応の制震構造が現実のものとなった。
下図は、世界地震工学会議 10WCEE(1992,Madrid)において本建物の発表に用いたラストスライドである。
謝辞
制震壁の基本性能実験および本建物竣工前の強制振動実験は主に有馬文昭氏(住友建設技研)の尽力によるものである。 本技術および本建物の実現にご尽力、ご協力頂いた全ての関係者の方々に感謝申し上げます。
《参考文献》
- 宮﨑光生他「粘性減衰壁を使用した高層建物」(1992.2)ビルディングレター
- M.Miyazaki “Design of a building with20% or greater damping”(10thWCEE 1992, Madrid)
- 宮﨑光生「複合商業施設」免震構造設計指針 第2版(1993 日本建築学会)
- 宮﨑光生「073静岡メディアシティビル」日本の構造技術を変えた建築100選(2003 日本建築構造技術者協会編」)