ダイナミックデザイン:挑戦の記録

“免震都市”へのアプローチ
- 人工地盤免震による公営住宅21 棟街区の設計・建設 -

宮﨑 光生, 丹羽 幸彦 / ダイナミックデザイン(故)渡部 邦夫 / 構造設計集団SDG魚崎 康浩 / (元)アルコム

An Approach to a Seismically Isolated City

The Kamikuzawa municipal housing complex in Sagamihara city, Kanagawa prefecture is a seismically isolated town consist of 21 apartments, constructed on an artificial ground supported on 242 seismic isolators. The design aims to survive strong near field ground motions over Vmax=100cm/s recorded in Kobe earthquake without any damage. The construction work was divided into four terms, and the three quarters of the town was constructed, but the fourth work area has not been constructed because of the budget cut by the Koizumi Cabinet.

KeyWords : seismically isolated town, artificial ground, seismic isolation, housing complex

DYNAMIC DESIGN Mitsuo Miyazaki, Yukihiko Niwa / SDG Kunio Watanabe / ARCOM Yasuhiro Uosaki

※ 元社員

※本記事は、「日本免震構造協会創立30周年記念会史 免震・制振 挑戦者たちの軌跡」(日本免震構造協会,2024年)に執筆した内容を一部加筆修正したものです。

1.老朽化した公営住宅の高機能・高密度化建て替え計画

昭和40年代の高度成長期に建設された旧上九沢市営住宅(神奈川県相模原市)は、敷地面積約3.2ha、全254戸のコンクリートパネル構造、平屋建ての長屋であったが、老朽化・陳腐化が進み建て替えを行うこととなった。

建て替えの建設条件は、居住者の家族形態や高齢・障害といった属性に対応する1DKから4DKまでの様々なタイプの公営住宅(計546戸)、知的障害者のグループホーム、身体障害者のデイサービスセンター、診療所や薬局等商業施設、 団地集会所、シルバーハウジング生活相談室、団らん室、310台の大規模駐車場、児童遊園等であり、極めて高人口密度の住戸群と、様々な医療福祉施設等の多用途の建築を複合し、環境・医療福祉・安全を追求したコンパクトな街づくりを目指すものであった。

計画は1998年に10者による指名コンペ開催により設計者の選出が進められ、船越徹+アルコムの案が採用された。

2.居住環境の向上とコミュニティの再生

高齢化が進む旧市営住宅は、市営住宅内や周辺との交流の機会も減少し、コミュニティの再生や居住環境の改善が求められた。

住棟群は、自然な交流や同じ場所に住むという意識の共有化が図れる「都市的広場」を囲む配置とした。 様々な住戸タイプや広さの住戸は間口を5,760mm(モジュール寸法1,920mm×3)に統一し、奥行きで面積の調整を行っている。 1日4時間の日照時間、2面採光、2方向の眺望や、広さのあるバルコニー、住民それぞれの個性が表出する玄関前、個性とゆらぎのある景観を目指し、必然的に凹凸の多い壁面、立面の構成となっている。

3.人工地盤に載る21棟の免震の街

設計条件に免震構造は含まれていなかったが、コンペにおいて「21世紀の公営住宅は長寿命・高耐久で良質な社会的ストックとなる必要性、それを実現するための免震構造」を提案し、採用された。

全建物を4期8工区に分ける工事条件や、小さな間口で様々な大きさの住宅と、大きな規模の医療福祉施設が混在するという建築条件のため、合計21棟に分ける必要があった。 これらの建築群を縦横1,920mmの格子のモジュールで構成された1枚の人工地盤に載せて、全体を免震化する方法が技術的・経済的に最も合理的であるとの判断に達した。 その結果、約130m×230mの大きさの1枚の人工地盤の上に21棟の建物を載せる免震都市の実現をめざすことになった。

4.免震の大規模公営住宅への途

公営住宅は、住宅に困窮する低額所得者に対するセーフティネットとして「健康的で文化的な生活を営むに足りる住宅を供給する」という目的を有し、最低限の居住環境を保証するものである。 一方で当時阪神・淡路大震災の経験を経て、より耐震性能の強化が求められていたとは言え、免震構造の採用は民間の集合住宅でも一般的ではなかった。

そのため公営住宅に免震構造を採用することの是非に関して、「生活保護受給者を含む公営住宅の住民が、一般の税金納入者よりも安い家賃でより安全な建物に住んで良いのか」という点について、市内部・議会でも議論になったという。

これに対して担当部局では、21世紀の社会資本整備に対する高い意識レベルを持ち、先進事例の調査や国交省の居住環境の改善と良質なストックを目指した『21世紀都市居住緊急促進事業』の指定による補助制度を利用するなど積極的な取り組みを行い、 市内部の調整を経て、市の支出としては一般市営住宅と同等での免震建設が可能との結論にこぎ着け、100年レベルの高耐久で安全・安心な公営住宅の実現をめざすことになった。

また一方で、構造設計者である故渡辺邦夫氏(構造設計集団SDG代表)の「阪神大震災で注目されるようになった免震構造は、もっと社会全般に普及すべきものだ」という強い思いと、その呼びかけに応えたダイナミックデザイン(代表宮﨑光生)、両者の熱い協力・協働によって実現したものでもある。

5.一石六鳥の免震人工地盤

人工地盤による免震構造は、大地震時の安全性が飛躍的に向上するだけでなく、居住環境の向上や分割施工の観点でも多くのメリットを実現している。

  • 大地震時の揺れが小さいので、上部構造体は版ラーメン構造が可能となり、室内に柱・梁型の出ない計画性・居住性の高い平面計画とする。 また、全住棟をつなぐブリッジにはエキスパンションジョイントが不要となる。
  • 人工地盤により大規模平面工事を分割施工し、その同時進行および一体化が合理的に行える。
  • 免震階の階高を若干大きくするだけで、半地下のピロティを駐車場にすることができ、高齢者・身体障害者・車椅子利用者等にとっても、雨に濡れずに駐車場から住戸までアクセスできる。
  • 屋外の平面駐車場用地が殆ど不要になるため約9,700m2の緑地が増え、景観や周辺住宅地を含めた自然環境が向上する。
  • 住棟間をつなぐトレンチを免震階に設けることによりメンテナンスを容易にできる。
  • 地表面から駐車車両が殆どなくなるので、景観と共に高齢者・子供らの安全性が向上する。

6.高性能免震の実現

6.1 免震装置計画

公営住宅は高耐久の100年住宅で良質な社会的ストックであるべきという理念を実現するため、兵庫県南部地震で観測された100カインを超える震源域強震動にも無損傷の高性能免震をめざした。

人工地盤以上の上部構造体の総重量は約112,000tあり、これを3種類、計242体の免震装置で支持している。

① LRB(48体):鉛プラグ入り積層ゴム免震装置

直径1,200mmφ の積層ゴム、ゴム層8mmx40層=320mm(S2=3.75)。鉛プラグ径≒300mmφ(240~380)前後。 建物全体を元の位置に引き戻す「復元力」とエネルギーを吸収する「ダンパー機能」を担っている。免震周期Tr=6.73秒

② SLR(106体):すべり積層ゴム複合型免震装置

直径400~1,200mmφの積層ゴム(ゴム厚90mm)の一端にPTFEすべり材。 すべり摩擦係数=0.08(~0.10)、すべり出し変位≒160~200mmで、大変形域でのLRBの減衰定数低下を補い、応答変位300mm以上でほぼ一定の等価減衰定数heq≒30%程度を確保している。すべり板にはSUS304を使用。

③ SBB(88体):球体転がり支承

直径約50mmφの鋼球を支持荷重に応じて配置し、その上下に非常に硬い(HRC≒63)特殊鋼板を配置した転がり支承である。 鋼球の直径差は2μm以下に管理されており、平面位置はリテーナーで保持されている。 摩擦係数はμ≒0.001程度で、実質的には摩擦ゼロとみなすことができる。

球体転がり支承SBB 球体転がり支承SBB
免震装置概要
設置区域 地下1階柱頭, EV室下, 階段室下
種別・基数 鉛プラグ入り積層ゴム
LRB1200φ 計48基
すべり積層ゴム複合型
SLR400φ~1200φ 計109基
球体転がり支承
SBB0808~2323 計85基
支持重量 111,600t
平均面圧 鉛プラグ入り積層ゴム:63.6kg/cm2
すべり積層ゴム複合型:100.0kg/cm2
許容変形量 80cm

6.2 上部構造体と地震応答性能

21棟の建物で構成される上部構造体は、6階建て程度の低層棟、10階建て程度の中層棟と最も高層の14階建ての3タイプで構成されている。 地震応答解析モデルは、全数の免震装置の上部に人口地盤のビーム要素が配置され、その上に21棟の質点系モデルが配置された3次元モデルとしている。

地震応答解析モデル 地震応答解析モデル
設計用入力地震動
入力地震動 最大加速度(cm/s2)
EL CENTRO NS (1940) 1022 (V=100cm/s)
TAFT EW (1952) 944 (V=100cm/s)
HACHINOHE NS (1968) 726 (V=110cm/s)
JR TAKATORI NS (1995) 759 (V=165cm/s)
BCJ-L2 (模擬地震動) 356 (V= 57cm/s)
KANTO-AW (模擬地震動) 813 (V= 52cm/s)
TACHIKAWA-AW (模擬地震動) 1286 (V= 45cm/s)

100カイン以上の大地震時入力に対して、どの住棟でも応答加速度は100ガル程度に収まり、応答変位は許容変形量80cmに対して充分な余裕を残し、極めて優れた応答性能を実現している。

7.本計画における特殊条件と課題

7.1 工期・工区区分への対応

本計画は公共工事であり、予算措置上建設工事が4期に分かれ、且つ各期は2工区に分かれて施工される。 2工区は各期それぞれ全国業者(大手ゼネコン)と県下の地元会社で構成され、地場ゼネコンにとっては大きな刺激であり技術力の見せ場でもあった。

工事は工区別に同時並行で進むが、工事終了前に人工地盤が連結されるので、分割工区境界位置にエキスパンションジョイントは生まれない。

第1期が完成すると入居が始まり、その横では第2期の工事が進行する。第2期工事が完成すると、第1期の人工地盤と一体化され、1期と2期が合体した状態の構造物となり、2期の入居が開始される。 これを第4期まで繰り返して建設するので、第4期の全体完成時はもとより1期、1+ 2期、1+2+ 3期のどの状態においても、偏心・ねじれ振動等が生じない人工地盤で一体化された免震構造物を設計するという難しい課題を満足する免震装置計画と配置が検討された。

しかし残念なことに、第3期工事までは順調に建設されたが、小泉構造改革の公共事業費削減の煽りを受けて第4期工事は未着工のままとなっている。

7.1 多数棟の連結構造物の応答特性と装置計画

本計画は、連結ツインビルというレベルではなく、21棟が人工地盤で連結された複合構造物である。 各住棟は階数も重量も異なるため、それぞれが異なる振動特性を有している。 各住棟のベースシアが人工地盤を介して伝達される為、ほかの住棟の応答加速度やせん断力係数を引き上げてしまうという住棟間の相互作用ともいうべき現象が存在する。 これらの課題を機能と特性の異なる3種類の免震装置(LRB、SLR、SBB)を組み合わせて解決している。 その基本的な考え方(概要)を以下に示す。

  • 構造物全体の装置計画として、建物全体の外側平面(外周ゾーン)に適切量の大型LRB(1200φ)を配置して免震周期6.7秒程度に調整、許容変形量80cmを確保して、建物全体のねじり抵抗力が高い装置配置を実現している。
    尚、本計画地の地震基盤(Vs=3.2km/s) はGL-550m付近にあり、地震基盤面以浅の地盤の1次卓越周期は1.5秒程度である。
  • 適切なSLRを軸力変動の少ない箇所に配置することにより、変形量の増大に伴うLRBによる減衰性能の低下を、すべり発生による摩擦抵抗で補い、全変位領域(±80cm)に渡って、ほぼh≒30%(高減衰積層ゴムの2倍)の減衰性能(エネルギー吸収性能)を確保している。
  • 全装置をLRB1,200φとすると、ゴムが強すぎて周期が短くなり、性能のよい免震にならない。 逆に小さな積層ゴムを混用すると許容変形量が減り、安全性が低下する。 一方SLRは、摩擦抵抗μ≒10%前後であるため、設置数が多すぎると装置全体の抵抗力が高くなりすぎて、免震効果が悪く(=応答加速度が高くなる)なる。 また地震時の軸力変動の大きな部分にSLRを採用すると、抵抗力が変動するためねじれ振動の可能性が危惧される。
  • SBBは、実質的に摩擦抵抗≒ゼロであるため、SLRの上記問題を解消することができ、SBBを適切数配置することにより、LRBとSLRで実現できる最適性能に調整できる。 ただしこれには水平精度1/1,000以下の高度な据付け施工精度が要求される。

以上の3装置をうまく組み合わせることで「周期=6.7秒、h≒30%、許容変形量80cm」という性能を設定し、1期から4期まで分割施工され徐々に一体化されていく中で、どの状態でも偏心がないという難しい課題を克服し、 本敷地で予想される関東地震や立川断層による予測地震動(800~1,200ガル)をはじめ、阪神・淡路大震災の震度7地域(兵庫県南部地震)で記録された100カインを超える(Vmax=100~165cm/s)地震動にも安全な「100カイン無損傷設計」を達成している。

尚、本計画地の地震基盤(Vs=3.2km/s)はGL-550m付近にあり、地震基盤面以浅の地盤の1次卓越周期は1.5秒程度である。

7.3 免震装置の設置工事、施工について

摩擦係数が1/1000程度のSBB支承は、「宙に浮いているに等しい」とも言える。 SBB支承はコンクリート柱の上のスチール製アンカープレート上に設置するが、その傾斜角が大きくなると機能に影響するため、傾斜角1/1000(rad)以下という高い精度での柱頭での据付工事を実施している。

そのために、柱の上部20cmを残してコンクリートを打設し、アンカ―プレートを支えるアングルを埋め込んだ後、プレートにボルトを設置してレベルを調整する方法を採用した。残った空間には高流動コンクリートを打設する。 フロー値は50cmで、アンカープレートには20ヵ所の空気孔を開けた。ポンプ車からの圧送速度も可能な限りゆっくりと目視で確認しながら打設・充填を行っている。

免震装置の設置工事に際しては、施工者との事前検討を入念に行い、積極的な協力を得ている。 予め現場にコンクリート柱とアンカープレートの実物大のモックアップを製作し、実際にコンクリートを打設する検討も行い、コンクリートの充てんには気泡の原因となるバイブレーターは使わず、突き棒のほか、木鎚で型枠を叩く方法を採用している。 コンクリートの投入にはホッパーの採用も行っている。

建設工事への施工業者の取組は、全国業者である大手ゼネコンはもとより、免震工事の経験が乏しいと思われた地元業者は会社の名誉を掛けて真剣に取組み、その技術力も大手ゼネコンに比較して決して見劣りすることはなかった。 我が国の免震構造物としても特殊な「人工地盤免震による大型免震街区の建設」という本工事への前向きで積極的な取組姿勢は高く評価できるものであった。

8.まとめ

本プロジェクトは、敷地面積3.2ha、全254戸の老朽化した平屋建て住宅の跡地に130m×230mという免震人工地盤を構築し、その上に21棟計546戸の住戸を高密度に配置しながら居住環境にも配慮した公営住宅街を建設したものである。 人工地盤の下には310台分の半地下大規模駐車場が備えられ、診療所や薬局等の商業施設や多くの医療福祉施設までを備えた新しい街が誕生している。

住棟は凹凸に富む平面構成で日照、眺望、プライバシーも良好に確保されている。

住棟に囲われた都市的広場としての中庭では盆踊りなどの住民の集まりや催しが開催され、コミュニティの再生が実現されている。

本プロジェクトは、第4期工事が未着工のままとなっているのは誠に残念である。 しかし、免震都市と呼ぶのは少々大げさとしても、2000年というミレニアム期に「人工地盤上に21棟の建物を掲げた免震街区Seismically Isolated Town」という大規模公営住宅の建設に果敢に取り組んだ相模原市とその関係者、 それに関わったすべての方々の情熱と尽力、実践の足跡は、我が国の免震構造の歴史に尊い挑戦の記録として刻まれていると考える。